眉村卓(小説家)の結婚や嫁の名前は?子供は居る?病気は何だったのか

作家
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極めて突然ですが、作家の眉村卓(まゆむらたく)先生が亡くなったという報道がありました。

「準B級市民」の他、「消滅の光輪」(泉鏡花文学賞)や「ねらわれた学園」「なぞの転校生」といった SF 小説を執筆していらっしゃることで有名であった眉村先生が突然亡くなったということに衝撃が走っておりますが、 そんな眉村先生について知りたいことがたくさんあるという方もいらっしゃることでしょう。

ある程度はではありますが見ていきましょうか。

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眉村卓、誤嚥性肺炎により逝去。

ねらわれた学園については SF 小説を普段読まないという方でもその名前を知っているかと思われます。このねらわれた学園ですが2012年にアニメ映画化された事もあり、劇場に見に行ったという人もたくさんいらっしゃったことでしょう。

そんなねらわれた学園の原作者である眉村先生が亡くなられたという報道を届けてきたのは 読売新聞や産経新聞といった報道サイトでした。

 小説「ねらわれた学園」や短編集「妻に捧げた1778話」などで知られる作家で、本紙朝刊1面の読者投稿「朝晴れエッセー」の選考委員を務める眉村卓(まゆむら・たく、本名・村上卓児=むらかみ・たくじ)さんが3日午前4時1分、誤嚥性肺炎のため大阪市内の病院で死去した。85歳だった。
 昭和9年、大阪市出身。大阪大学経済学部を卒業後、会社員を務める傍らSF同人誌「宇宙塵(じん)」に参加、36年に「下級アイデアマン」が「SFマガジン」の「空想科学小説コンテスト(現ハヤカワSFコンテスト)」に佳作入選し、デビュー。40年から専業作家となり、54年に「消滅の光輪」で泉鏡花文学賞と星雲賞を受賞した。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191103-00000530-san-lifeより引用

これによりますと眉村先生の死因は、誤嚥性肺炎であるとのこと。何かしらの病気であるというのは、眉村先生の年齢である85歳という点から考えて予想できた事でしょう。

誤嚥性肺炎という事もあって、どちらかと言えば突然死に近しい最期であったと言えるでしょう。ですが、85歳ともなれば、いつ亡くなったとしてもおかしくはないと言える状態です。眉村先生は、既にいつ亡くなったとしても、不思議ではなかったのかもしれません。

 

 

結婚はしているのか?

そんな眉村先生について調べると、家族や妻などのキーワードがヒットしてきます。

これはそのとおりでして、眉村先生は小説家にしては珍しい事に、既に結婚なさっておりました。

奥さんの名前は悦子さんといったそうです。悦子さんと眉村先生は高校生の時に知り合い、24歳の時に結婚なさり、互いを支えながら過ごしてきたとのこと。

しかし、悦子さんは1997年に大腸がんと診断されて、2002年に逝去。眉村先生は必死に看病し、なんとか悦子さんを救えないかと活動されたそうですが、悲しい事に、その願いはかなう事はありませんでした。

しかし悦子さんを亡くした後も眉村先生は執筆活動を続け、実体験と妻の愛を元にして『僕と妻の1778の物語』を執筆しました。この作品に至っては、2009年に映画化されているので、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。

妻を失ったとしても、その愛情を決して忘れずに、小説という形で残し続けた。それが眉村先生だったのです。

子供は居るのか?

そんな眉村先生の奥さんが悦子さんであるというお話はしましたが、ならば眉村先生にお子さんは居るのかという話が気になったという人もいらっしゃるでしょう。

ネットで調べてみたところ、眉村先生の奥さんである悦子さんのお話は面白いくらいにヒットするのですが、眉村先生のお子さんについての情報は全くありません。

その事から、眉村先生が亡くなるまで、眉村先生にはお子さんがいらっしゃらなかったと考えていいかもしれません。眉村先生は早くに奥さんを亡くしていらっしゃいましたから、もしかしたらそれが最大の原因なのかもしれません。

最後に。

眉村先生は本当に小説業界に大きな影響を及ぼした人でした。

そんな眉村先生も、ようやく愛していた奥さんの許へ逝く事が出来た、という事なのかもしれません。

もしこのニュースで眉村先生の事を知られた人がいらっしゃるならば、その作品であるねらわれた学園や『僕と妻の1778の物語』を手に取ってみてください。

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